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豊橋-TOYOHASHI-
アクセスマップ

豊橋市は、愛知県の東南端にあって、東は静岡県と接し、南は太平洋、西は三河湾に面しており豊かな自然と温暖な気候に恵まれたところです。また、東京と大阪のほぼ真ん中にあり、アクセスも良く渥美半島や東三河地域への玄関口としての役割を担っています。

東三河を巡る旅へ
安久美神戸神明社
社伝によれば天慶3(940)年、平将門の乱が平定されたとき、朱雀天皇により伊勢神宮へ飽海(あくみ、安久美とも書く)荘を神領として当地が寄進されました。このとき当地の繁栄を祈願したことに始まるとされています。
本殿・幣殿及び拝殿・神楽殿・神庫・手水舎は国の登録有形文化財です。
毎年2月11日には“赤鬼と天狗のからかい”神事で有名な「鬼祭」が行われます。
この鬼祭は国の重要無形民俗文化財に指定されており、境内は多くの見物客でにぎわいます。
路面電車
豊橋市の路面電車は、大正14(1925)年7月14日に開通し、路線の移設、廃止、延伸を経て5.4kmの営業距離を持つ現在の姿になっています。
東海地区では豊橋市が唯一の路面電車の走るまちです。
また、沿線には、歴史、伝統が感じられる建物やまつりなどがあり、観光にも活用されています。このほかイベント電車として、夏季には「納涼ビール電車」、冬季には「おでんしゃ」が走り、豊橋の季節の風物詩として親しまれています。
手筒花火
豊橋が発祥の地と言われる手筒花火は、直径10cm、長さ約80cmの節を抜いた孟宗竹に縄を巻き締め、黒色火薬に鉄粉を加えた火薬を詰めて噴出する東三河地域独自の花火です。揚げ手が筒を脇に抱えるように持ち、巨大な火柱を噴出させ、最後に「ハネ」と呼ばれる炎が大音響とともに足元に吹き出す勇壮な花火です。五穀豊穣、無病息災、悪疫退散、家運隆盛、武運長久を祈る奉納行事として豊橋市内の数多くの祭礼で揚げられています。また、この手筒花火は、揚げ手が自ら竹の切り出しから火薬の仕込み、詰め込みまですべて行うことが特徴です。
のんほいパーク
「のんほいパーク」の正式名称は「豊橋総合動植物公園」で、野生に近い環境を目指したアフリカ園、オーストラリア園、サルデッキなどの動物園ゾーンを中心に、大温室、花壇、庭園からなる植物園ゾーン、大観覧車などのある遊園地ゾーン、生物の進化と郷土の自然を紹介する自然史博物館で構成され、約40haの広大な敷地を持つ総合公園です。
動物たちの活き活きとした姿や季節ごとに変化する植物の様子に触れ、恐竜をはじめとする大昔の生物の化石から生き物の進化の歴史を学ぶことができます。
公式サイト:https://www.nonhoi.jp/
吉田城(豊橋公園内)
吉田城は1505年に築城された今橋城が後に改称されたもので、現在は昭和29年に復興された鉄櫓が豊川のほとりに建っています。
豊橋公園内にあり、美術博物館、三の丸会館とともに多くの市民に親しまれています。
豊橋市公会堂
昭和6年(1931)建築の半球ドームと鷲がシンボルのロマネスク様式の建物で、国指定登録文化財。完成以来多くの催しが行われ、現在も講演会の開催や式典、舞踊大会、歌謡大会等幅広く利用されています。過去には太平洋戦争末期に市役所機能が移された時期や、豊橋中央公民館や市民窓口センターとして使用された時期もありました。
二川宿
東海道二川宿は,江戸日本橋から33番目の宿駅。
豊橋市中心部のもうひとつの宿場町、吉田宿とは異なり、旧宿場町の面影が現在も各所に残っています。
かつての本陣や旅籠が「豊橋市二川宿本陣資料館」(有料)として整備されているほか、宿場で有数の商人だった田村家の店舗兼住居の「駒屋」を平成24年から3か年の復原改修工事を行い、平成27年11月1日から一般公開(無料)されています。
この商家「駒屋」の公開により、二川宿は本陣・旅籠屋・商家の3か所を見学できる日本で唯一の宿場町となりました。
公式サイト:https://futagawa-honjin.jp/
水上ビル
ホテルアークリッシュ豊橋のすぐ側に並ぶ3つに分かれたビル群。農業用水の牟呂用水の上に作られた極めて特殊な建物で、その歴史は深く1964年から豊橋のまちなかの象徴として、長年豊橋市民に親しまれています。レトロな雰囲気が漂う建物ですが、老舗として今も続く店舗から近年入った新しい店舗まで新旧さまざまな店舗が同居する、どこかノスタルジックな空気を味わうことができます。現在の建築基準では再建築は不可能といわれるこの場所は、今も多くのイベントが開催されていて、多くの人々に愛され、にぎわい続けています。

この地方は、古くは「穂国」(ほのくに)と呼ばれていましたが、大化の改新のころ「三河国」に統合され、鎌倉時代には「今橋」と呼ばれるようになり、戦国時代に入ってから「吉田」と改称されて、江戸時代は、城下町として、また東海道五十三次の宿場町として栄えました。

明治に入り「吉田」を「豊橋」と改称し、明治39(1906)年8月1日に愛知県下で2番目の市として産声を上げ、平成18(2006)年には市制施行100周年を迎えた人口約38万人の東三河の中心都市として発展しています。 温暖な気候と豊かな水に恵まれたこの地域は、全国有数の農業の盛んな地域であり、多くの種類の野菜、果物が全国各地へ出荷されています。

また、豊橋ちくわ、菜めし田楽、三河つくだ煮、濱納豆などの伝統の食文化に加え、新たなご当地グルメ「豊橋カレーうどん」も楽しめます。

一方、伝統工芸品である豊橋筆は、高級筆として広く知られおり、伝統文化として450年余の歴史を持つ手筒花火や千年余受け継がれている豊橋鬼祭などが脈々と継承され観光面でも一躍を担っています。 また、全国でも数少ない路面電車が市民の足として親しまれ、環境に優しい乗り物として注目を浴びています。